育休中に何か創作的なことをしたくて始めたブログだけれど、復職後のドタバタで中々PCを触れる元気がなく放置していました。
自分の中で去年の出来事の棚卸をしたくなったので、思うままに書き連ねてみます。
育児休業の終了
4月から保育園の慣らし保育が開始、私の住む自治体は次月の10日までに職場復帰できていれば良いとのことでゴールデンウィーク明けから復職する予定を組んだ。
幸い息子はすぐ保育園に慣れ、大きく体調を崩すこともなく予定通り復職。
復職先は時短勤務だと遠くのエリアにしか需要がなかったため(所属人数が多い店舗でないと急な欠員に対応できない)、フルタイムで復帰する代わりに家から近いエリアに異動させてもらった。
産休取得前は遠くの店まで電車で通勤していたためほぼペーパードライバーの状態からのスタートだったが、後のヘルニア騒動の前に車の運転に慣れていて良かったと心から思う。
閉局時間まで勤務できる人員が足りていない状況だったので、ほとんどのシフトを10時以降から勤務開始の遅番にしてもらえた。夕方の延長保育をほぼフルで使う代わりに、些細な罪滅ぼしだけれど朝はゆっくり家で過ごしてから9時頃の登園にしている。
ヘルニア、尿閉、入院
仕事に徐々に慣れてきた9月。持病の腰のヘルニアが立ち仕事で若干悪化している気配を感じたので、繁忙期の冬に入る前に手術の相談をしてみようかと大病院に紹介状を書いてもらった。(前から手術したら?とは言われていた。)
でもまあそんなすぐに手術にはならないかもと思っていた紹介先での初診。片足に麻痺が出ているから1カ月以内に手術した方が良いと言われてひっくり返る。何ならその場で手術日が決定して、術前に必要な検査を一通り受けて帰るように言われ、上司と連絡を取りながら院内を巡って検査ラッシュ。
そしてその晩、尿が出なくなった。
同じ病気を抱えている方なら分かってもらえると思うが、腰椎椎間板ヘルニアについて調べると「症状が悪化すると尿が出なくなることもあります」と大抵書かれている。
そしてそうなった場合、解決する手段は手術しかない。
というわけで翌朝病院に連絡を取り、無事?緊急入院から当日緊急手術となった。
計画入院だと子どものこととか色々気にかかると思うのだが、もう杖無しで歩けないほど足は痛いし、尿意はめちゃくちゃあるのに何も出ないし、お尻の感覚が麻痺して他人の肉がくっ付いているのではというくらい鈍いしでもう一刻も早く手術してくれとしか考えられなかった。
手術は無事に成功し、術後3週間入院となった。その間の息子の保育園や双方の実家の支援の調整を不得手な旦那が一手に引き受けざるをえなかったことで、旦那にはかなり精神的に負荷をかけてしまったと思う。
実家に頼れない期間は延長保育をフルに使わせてもらったが、体が丈夫な息子も朝から晩までの延長保育は堪えたようで、この期間に初めて熱でお迎え要請が来た。(さすがに今までも登園前に発熱していて休みを取ったことはある。)
退院後は1ヵ月自宅で療養。尻の感覚は戻りつつあったが、尿は自力では出し切れない。腰の痛みだけは完全に良くなった。
現在に至るまで導尿カテーテルをもらうための泌尿器科通院が続いている。30本入り4箱で会計が1万円を超えるため早く解放されたいが、まだまだ続きそうだ。
復職、そして…
11月ならフルタイムで復帰しても(一応)大丈夫と主治医に言ってもらったので復職。
立ち仕事ではあるが、基本的には重量物を持たずに済む薬剤師職のありがたみを感じた。
3週間の入院生活で落ちた筋力が1ヵ月の自宅療養で戻るはずもなく、復職当初は家に帰ってくると瀕死状態。事務所に戻るときの歩行速度が遅すぎて、本来ならギリ定時に上がれる状況でも残業が付く始末だったけれど、年末ごろにはだいぶ改善したように思う。
私がゆっくりと回復していく中、11月末に旦那のメンタルが崩壊。(鬱で2カ月休職の診断書を持って帰ってきた。)
幸い(ちょっと無理をすれば)保育園の送り迎えができるくらいの状態ではあるので送迎をお願いしつつ、私は入院騒動でほとんど使い切った有給をこれ以上減らすことなく仕事にフルコミット(というほどの責任ある仕事はあんまりない。半分以上他店への応援業務なので。)することとなってしまった。
2026年の抱負
- 1年間休職せずに働く(転職や産休のせいで、社会人生活5年中1年しか1年通して働いたことがないので)
- 健康に気を遣う(ヘルニアもあるけど息子から風邪移されまくり、カロリーは足りてても栄養が足りていない。)
- スマホを見る時間を減らす(仕事しているはずなのにスクリーンタイムが平均7時間)
- 思考の整理&文章力を付けるためブログをマメに更新する
息子のイヤイヤ期が本格化してきて頭を抱える今日この頃だけど、なんとかこの1年、ご自愛しながら頑張っていきたいと思います。


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